アルムナイ等のコミュニティ専門家が、長年の経験を基に、企業アルムナイを適切に立ち上げ、効果的に運営するための実践知をお伝えする「企業アルムナイの教科書」。
「似た取組み」との比較を通じて、アルムナイの特性をより解像度高く説明するシリーズの第4回の対象は「大学のアルムナイ」。
“Alumni”とはそもそも学校の卒業生コミュニティを指す
「alumni」は、英語で学校の生徒や卒業生を意味する「alumnus」の複数形で、元々は学校の卒業生を指す言葉です。日本では慶應義塾大学の「三田会」が有名でしょう。
これが転じて、企業においても退職を「卒業」と見なし、退職者のネットワークを「アルムナイ」と呼ぶようになりました。
学校のアルムナイも多種多様
大学のアルムナイも様々です。例えば、早稲田大学では、学校公式の「校友会」と、卒業生有志が自主運営する「稲門会」が存在します。さらに、稲門会は年次、職域、地域、さらには学部やゼミ、サークルなど多様なカテゴリがあり、1,300以上が大学に登録されています。
企業と大学のアルムナイの共通点
両者に共通するのは「ある組織(企業、大学)に一定期間所属していた」という点です。それより、次のような共通の性質が生まれます。
「らしさ」の共有
学校でも企業でも、アルムナイがあるような集団は特に、独自のカルチャーをもつとされることが多いです。
それは概ね以下のように醸成されます。
1)入る時、自分らしいところを選ぶ
例えば、早稲田と慶應、ソニーとパナソニックにはそれぞれのイメージがあり、志望を決める際に、自分に合いそうなところを選ぶでしょう。
2)選ぶも、自社/自校に合う人を選ぶ
選ぶ側も、社風や校風に合うかも1つの選考基準にするため、入る時点で既に共通の価値観や文化を持つ素地ができています。
3)入った後に、染まる
さらに、会社なら上司・先輩・同僚や同期、学校なら先輩や同級生、教員といった人たちとの、仕事や勉強、遊びといった、公式・非公式の経験を通じて、「校風」「社風」を身につけていきます。
4)自らに「らしさ」を投影する
組織に染まってくれば、「早稲田らしさ」「ソニーらしさ」といったパブリックイメージを自己認識に投影するようになります。
これを他の卒業生とも共有することで、親近感や同胞意識が生まれます。
分かりやすい共通体験
過去に同じ組織に所属している同士なら、分かりやすい共通体験をお互いに見出しやすいです。学校であれば、伝統行事や校歌、名物授業や馴染みの店、会社でも、創業者や社内の有名人、記憶に残る出来事など、「ああ、それそれ」と盛り上がれるネタがあるもので、時にそれは世代を超えても共有されています。
共通体験があると、初対面でも会話のきっかけが作りやすく、心理的な距離を縮めやすくなる効果があります。
信用補完
同じ組織の出身者同士なら、信用評価コストも低くなりります。
そもそも人は、名の知れた学校や企業の出身者を、どこの誰とも知れない人よりかは、きちんとしている可能性が高いと見なします(もちろん、有名な大学や企業の出身者でも良からぬことをする人はおり、あくまで確率的な期待値です)。
また人は、出身母体が共通なら、人をたどれば誰かしら相手を知る人物に辿りきつけ、相手の人柄や能力、実績の裏を取れると考えます。実際にそこまですることは稀でしょうが、それが可能な状況が、監視カメラのように、良からぬ行動を取らせない抑止力になります。
結果として、早い内から相手を信用して協力でき、通常の関係性より早くベネフィットを実現しやすくなります。
質への期待(Qualification)
難関校や人気企業には、入学や入社時に高い競争率を突破した人材が集まります。こうした学校や企業の卒業生には、既にビジネスや社会で活躍する人も多く、また、将来的にそうなる確率も、平均よりは高いと期待されます(あくまで確率論です)。
同窓のよしみ
著名な卒業生を多数輩出している組織では、同窓会などで直接接点を持つ機会があり、何か依頼すると「母校のため」「自分を育ててくれた企業のため」「後輩のため」といった恩返しの精神から、案外前向きに応じてくれます。
ただしそれは「当然の義務」ではなく、一方的なお願いばかりでは長くは続きません。あくまで最初のとっかかりとして捉える方が良いでしょう。
主催者の目的
大学のアルムナイは、カテゴリにより目的が異なります。経験に基づいての整理にはなりますが、概ね以下のようになります。
- 大学公式は学校の課題解決(寄付金集めなど)
- “年次”は大学の後押しで組成され、緩やかな懇親が主な目的
- “地域”はシニア中心となる傾向で、社友会的な懇親や昔懐かしむ場
(但し、海外の地域会の場合、駐在員のビジネス交流の色合いが強くなる) - “職域”は「金融」「不動産」「ベンチャー」など、ビジネスでの属性が一致する人に絞られるので、ビジネス目的のウェイトが高くなる
- 学部は、名門学部だと、幹事に社会的立場のある人が並び、ビジネスネットワーキング色が強くなる
大学アルムナイとの比較から、企業アルムナイの特徴を考える
大学と企業のアルムナイの最大の違いは、組織の特性の違いや、参加者同士の関係の成り立ちからくると思われます。次に、各要素ごとに、差異と影響を考えてみます。
参加者属性:多様な大学、一定の幅がある企業
総合大学の学部は、経済、商、法、文学、理工、医学、芸術など、多岐にわたり、進路も就職に限らず多様です。リタイアした人も入れるので、年齢も社会的地位も様々です。それら共通点が殆どない人々を結びつける核は、同じ学校にいたことという、情緒的な要素となりやすいです。
一方、企業アルムナイは、特定の業界や企業に属していた人々で構成されており、職種は様々であるものの、企業全体としては一定の業界やビジネス領域に収まり、現役ビジネスパーソンに絞られるので、属性の幅は大学のアルムナイに比べて限られます。
関係のベース:情緒的繋がりか、ビジネスライクか
大学(学部)は、多くの人にとって、社会に出る前の人格形成期に他愛のない人生経験を積み重ねる場です。同じ学校出身であれば、たとえ在学中に直接の面識がなくても、在籍時期が異なる先輩・後輩でも、何かしらの共通体験を見出せるので、親近感を抱きやすくなります。先輩後輩くらいはあれど、企業のような厳密なヒエラルキーではないため、関係性も比較的フランクです。
一方、企業アルムナイは、入社時期や年齢、在籍期間がそれぞれ異なるため、情緒的な要素は根底にあるものの、ビジネスライクな関係性が前面に出ます。すでに社会人として立場ができてからの関係構築なので、「何者でもない」大学の頃に築いた友人関係と比べても、適度な距離感を保った関係になるでしょう。在籍時代における組織内の上下関係が、その後の関係にも多少影響を与え、より形式的な付き合い方となることが多いです。
なお、「新卒同期」は例外的に大学のアルムナイに近いかもしれません。ほぼ同じ年齢で、まだ「何者でもない」時期に共に新人研修という「同じ釜の飯を食う」経験をし、配属後も互いに切磋琢磨しながら、時々同期で会うので、強い情緒的な絆を持ちやすいためです。
参加目的:懇親か、実利か
大学アルムナイは、参加者層が非常に多様であり、関係のベースが情緒的な、懇親を目的とした会が多く見られます。
企業アルムナイは、自社のビジネスやキャリアなどの実利に、直接的・間接的に繋がることも期待します。
なお、職域のアルムナイなどの場合、特定の社会的地位を持つ卒業生に「大学の同窓」というフランクな関係性で接近できる点は、ビジネス目的でアルムナイを活用する一面もあり、状況によっては大学のアルムナイビジネスの場として機能することもあります(欧米ではその要素がむしろ強いです)。
コミュニティ性:緩やか
大学のアルムナイは、以下の理由から、コミュニティとしての求心力や参画へのモチベーションが、企業のアルムナイより弱い傾向にあります。
- 参加者の年代や属性が非常に幅広いため、共通の利害や関心を見出しにくい
- それに代わるつながりの核となるのは、前述のような情緒的な共感や共有体験で、企業アルムナイのようなベネフィット要素は弱い
- 主に懇親を目的とした場と見られているので、現役ビジネスパーソンにとっての参画モチベーションとしては弱くなる
運営体制:企業アルムナイほど確固としたものにはなりにくい
大学公式のアルムナイでは、校友課などの担当部門の職員が運営を担当します。ただし、参加者の属性はあまりに幅広く、公式企画はさほど多くない印象です。
有志の内、職域アルムナイのような、運営を担うことがビジネス上のモチベーションとなる場合はまだ機能しやすいですが、地域や年次など懇親中心のものの場合、運営に貢献するモチベーションがある人は限られるので、担い手を見つけることに苦労するところも少なくありません。
コミュニケーション基盤:緩やかさや多様さに応じた手段
大学のアルムナイは、年代・属性共に多様な人がいるので、最もITスキルレベルが低いところに合わせる必要があります。ウェブサイトはあるものの、案外メーリングリストが中心のところは多く、シニアが多いところだと、未だにハガキで案内するところもあります。
また、参加者の属性が幅広過ぎて、共通の利害や関心が見出しづらいため、横のつながりを求めるニーズも高くはありません。よって、SNSの使用は控え目であるか、使われていないこともあります。逆に、SNS上での投稿が見苦しいことになっている状況も時々見ます。
大学アルムナイとの比較から考える、企業アルムナイの特徴
これまでの議論を踏まえると、企業アルムナイ活性化のためにはいくつかの重要な示唆が得られます。
まず、大学アルムナイに比べ、企業アルムナイは参加者の属性や目的がより絞られているため、各種マッチングの成功率が高まります。参加によって得られるベネフィットや期待値が明確になれば、参加者のモチベーションも高まり、コミュニティも活性化されやすくなります。
併せて、企業のアルムナイには、大学アルムナイほどではないものの、情緒的なつながりや信用補完構造があり、これにより、関係構築や信用評価のコストが下がるので、コミュニティも活性化しやすくなります。この機能を補完的に活用すれば、企業アルムナイを成果創出につなげることができるでしょう。
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企業アルムナイについて正しく理解することは、その設計や構築、さまざまな判断を行う際に大いに役立ちます。本記事が、企業アルムナイを効果的に運営できる人が増え、価値ある企業アルムナイが増える一助となれば幸いです。
企業アルムナイ研究会のイベントは以下よりどうぞ。